『空と海をこえて』というドラマを御存じだろうか。 1989年にテレビ放送されたスペシャルドラマで、なぜか家に録画したビデオがあったので 私は子どものころから何度か見たことがある。
このドラマ、ざっくり言えば、パソコン通信で知り合った仲間との交流の物語で パソコン通信で世界中の人が協力するシーンなんかも描かれているのだが 何と言っても1989年、windows95が出る6年も前なのだ。
なお、大本には1950年代にフランスで作られた 世界中のアマチュア無線家が協力する作品がある、という話も聞いたことはあるが その作品のことを私は知らないのでここでは触れないでおく。
さて、パソコン通信とは、といった話を深く掘り下げて行っても意味はないので
ざっくり今のインターネット、SNSという解釈で受け止めて欲しい。
ただし、今や非常に多くの方が所持しているスマートフォンと違って
このドラマの頃は家庭にパソコンがあるのも珍しいという時代だ。
パソコンを持っている、使えるというのは、ある種の特殊技能のようなもので
多くの方にとっては、存在は知っているが使ったことは無い
使い方もわからない、結局なにができるの?という感じだったのだろう。
実際ドラマでも、パソコンを始めてみたばかりの主人公(主人公的な役割が複数いるが)
その主人公を通じて「へー」「ほー」という生徒役のお兄さん(加藤茶)という
キャラクターがいい味を出していて、パソコン導入期とはこうだったんだなーと。
また例えば「ハンドルネーム(偽名)だけで会話するのは嘘つきみたい」といった
セリフが出てきたり「実際に会うのは絶対にいや」という人物がいたりするのだが
これは、今のSNS世代とは少し感覚が違うと感じるかもしれない。
ちなみに私はwindows98の頃にマイパソコンを手に入れ、SNSが出始める前のネットでも散々遊んでいたので、少しこの気持ちは分かる。
ネット(実際の繋がりや利害が無い)だからこそできる話、コミュニケーションはあったし
そういう居場所に救われることがあるのも事実だ。
逆に、SNSが始まった頃に学校のクラスメートから
「XXやってる?アカウント教えて」みたいなことを言われて心底うんざりした経験もある。
なぜ家に帰ってネットに繋いでまで、学校での繋がりを持ち込まなければならないのか。
さて、時代は変わって、最近はSNSを通じて知り合った方と 実際にお会いしたりすることも増えたし、抵抗が無い人も多いのではないだろうか。
そもそもSNSを始める時に、そういう前提で始めている、という節すらある。
といいつつ、私も最近はネットで知り合った方と 実際にお会いすることにほとんど抵抗はなくなった。
思えばニコニコ生放送で配信している(顔も声も生活の一端も既にネットで知っている)方に 実際に会いに行ったりしたことがきっかけだったかもしれないし 私もそうだが、twitterで日常をつぶやいている方だと なんとなくこんな人、みたいなのが見えてくるからかもしれない。
前置きが長くなったが、そんなわけでつい先日もある方と初めてお会いすることになった。
twitterを通じて、人形がきっかけで知り合ってから6年半 (お会いした時の会話では10年弱と言っていたが、後で調べてみたところ大体これ位) 基本はtwitterでのやり取りのみで、途中数回だけお荷物を送って頂いたことがあったが 声を聞いたり顔を見せあったりということは一切なかった。
しかし、6年以上もtwitterを通じてお互いに生活の断片を知っていたり ちょっとした相談などを受けたりということもあってか、全く初対面という感じがしない。
挨拶を済ませて歩き出した時にはすでに、軽く冗談を言ったりイジったりしてしまったかもしれない。この人見知りの私が、である。
お互いに人形好き(相手の方は、今回公募展に選出されて東北から神戸まで来ておられるので、既に人形作家さんともいえるので私とは立場は全く違うが)なこともあり 幾つかの人形展を見て回り、その後今回の展示の搬入作業のお手伝いに。
途中お茶をしながら雑談に花を咲かせたりもしたが 良い意味で何の気も使わず、ただただ楽しい時間を過ごさせて頂いた。
また、人形展の搬入に立ち会うという機会も頂き そして様々な思いもお聞きし、感じるところも多く もっと時間が取れればよかったのに、と自分のスケジュールに少し悔しくもあった。
何より、途中からかなり体調が悪化し始めてしまったので すこし最後は気を使わせてしまったかと思うと反省しきりである。
とはいえこうして、数年前、何気ないきっかけが元で繋がった関係から 実際にお会いして完全に普通のお友だちとして会話ができるようになったこと そして、こうした貴重な機会に立ち会わせて頂いたことに感謝するとともに 色々と悪い部分も取り沙汰されがちなネットだが、やっぱり良いものだよね、と思ったのだった。
空と海を越えて、私は今後もまた新たな人との繋がりがうまれることもあるだろう。
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