• Giro

主観と客観

完全な趣味、ライフワークから始まって 少しずつ依頼も受けられるようになってきたスポーツ撮影。


機材の差が出やすい分、こういう機材でこれだけの撮影をこなしてきました

というアピールができれば、もっと依頼も増えるのかもしれないが

少なくとも今はこのペースで良いと思っている。



さて、スポーツの撮影を始めたころ、私は 「カッコいいプレー、その一瞬を切り取る、それこそがスポーツ写真!」

という気持ちがあった。


生で観るのとも、動画とも違う、写真だけが残せるもの。

きっと選手もファンも、そういうものが見たいはず、と。




しかし、最近のようにチーム側と細かく連絡を取るようになって

いかに自分が狭い思い込みの範囲で撮影に挑んでいたか思い知らされた。


例えばあるチームから来た要望は

「選手のガッツポーズもいいんですが、ミスした時の悔しそうな表情もお願いします」

だった。


こちらとしては少し気を使ってしまう場面だ。

勝手に撮ってアップしたり、新聞や雑誌に載るのであればいいシーンかも知れないが

そのチーム(あるいは選手)に直接送る以上、ミスシーン、悔しそうなシーンを

送ってしまうのはさすがに気が引ける。


しかし、そんなシーンも、選手やチームにとっては大切なシーンなのだ。

見る度に悔しいかもしれない、でもそれが糧になる場合もあるだろう。



またある時は

「監督と喋ってる場面を撮って欲しい」と言われたこともある。


スポーツの写真は、動きのあるシーンをどう一瞬で切り取るか、と

思い込んでしまっていた私には目からうろこだった。


プレーに全力を出すのはスポーツ選手としては当然だが

その為に、スタッフや監督との話、コミュニケーションも大切だし

何を考え、どういう作戦で挑むのか、頭を使うことも非常に大切なのだ。


スポーツ写真だからプレー中、というのはあまりにも凝り固まった感覚だった。




このように、写真を撮る時には、自分の目線、考えだけでは気づかないことが多い。


私は「写真家」ではない。

自分の中に確固たる世界があって、それを写真を使って表現するわけではない。


カメラという機械の特性を知り、操作方法や設定に長けた「カメラマン」だ。


だからこそ、こういうシーンをお願い、こういうのはどう?と

提案や要望を投げかけられることはありがたい。

もちろんそれに100%応えられるかは分からないが

そういう新たな視点を追加する機会を得られることは、非常にありがたいと思っている。

© Giro